逃げつつ逃げぬ病みポスト

急にバンドをやめると言い出し、病みポスを続ける千石ユノ。 9話からするとしばらくは文章だけの病みポスを続けていたようだが、10話になると写真を投稿し始めたようだ。 9話から10話までには少なくとも数日から1週間程度はあっただろう。 その間にいくら調子が変わったのだ。

少なくとも10話においては外に出られる程度にはましになったと見られる。 その程度によくなったから写真も撮れるようになったのだろう。 人にもよると思うが、写真を撮るという行為も結構気合がいるものだ。

それではこれらの写真は何かと言えば、試し行動である。 どこまで本人が意識しているかは別として、来てほしいからこそ場所を特定されるような写真を投稿するし、焚き火台を用意して焚き火までする。 家にはいたくないが誰にも会いたくないなら適当な電車で遠くにでも行けばいい。 それをやらないというのは誰かに来てほしかったと見るべきだろう。

試し行動のアルゴリズム

試し行動と言っても全く期待できない試し行動をする人はあまり多くない。 それこそ人里離れた山中で泣いたり喚いたりしても誰も来ないし、初対面の人に試し行動をしても期待の反応は得られない事は多いだろう。 しかし、千石は試し行動をしている。

しばらく一緒にいたみゅーたいぷなら来てくれると思っただろうか。 もちろん、それはあるだろう。 少なくとも、仲町が峰月を連れ出した経緯を本人を除いてよく知っている人の1人だ。 更にそれを知ったのも他のメンバーの人となりを見ようとしていたからという面が大きそうでもある。 流石にうさイーターの過去映像から葛西臨海公園なら来てくれるはずという確信があったかまではわからないが、関東圏の観光地にロケをしていたくらいの知識はあっただろう。

ただ、それだけではないと思う。 わざわざ病みポスをしていたからこそできる事がある。 それはインプレッションの確認である。 誰も見ていないならそもそも写真も投稿しなかったのではないだろうか。 誰かは見てくれていると思ったからこそ外に出られたのではないだろうか。 何より、千石は自分のファンがみゅーたいぷにいる事を知っている。

選んでほしい千石ユノ

千石の8話での宣言はsupremacyの経験からバンドの解散を予期して、それを回避しようとみゅーたいぷを抜けようとしたものだろう。 あるいは回避するという意図すらなく、その場にいられなくなかったのかもしれない。 みゅーたいぷを続けるという選択ができずに逃げたのだ。

しかし、わざわざやめるという選択をしているとも言える。 外形的には、やめるという宣言をしてずっと病みポスをするような選択をしているように見えるだろう。 これをバンドをやめるという決断をしなかったと言えるだろうか。

これに対して、千石はあくまでビジネスとしての関与のつもりだったと自ら述べている。 そもそもバンドとしての体をなしていなければ、バンドをやめるという選択をしなくて済む。 そのような回避をしていたのではないだろうか。 だからこそ宮永に楽しそうと言われて怖かったのだ。 バンドとして楽しんでしまえば解散が見えてしまう。

しかし解散しないバンドならそれをせずに済む。 これもある種の回避とも言えるだろう。 バンドの解散という決断をしたくないが為に、解散しないバンドかどうかを試している。 自分を選んでくれるメンバーかを試している。

好きなものを諦められないみゅーたいぷ

解散しないバンドを作る為の千石の試し行動も、インプレッションの話と同様に、自分の音楽が好かれていると知っているからこその面はあるだろう。 わかっているから試し行動をするし、してしまう。 ここだけ抜き出すと千石はずるい人のようだし、実際ずるい気もするが、好きなものは好き、好きなものを諦められないというのがゆめみたというアニメなのだと思う。

わかりやすいのが仲町だろう。 歌が好きだから歌うのをやめられないし、峰月の手を離さずに握り直した。 宮永だってバンドをやりたいから海岸で寝たり犬になったりする。 そもそも千石自体が音楽から離れていないし、好きな曲は好きなままだ。

恐らくビオラはこの逆をやっている。 だから峰月は自分がなくなっていたのだ。 正解をくれる代わりに好きがなくなる。 好きを続けるには痛みも伴うものだが、言われるままに演じるなら痛みもない。 そういう蜜に落ちていたのだ。

しかし、結局は峰月もまた仲町と音楽をやっている。 本人からの行動ではなかったにせよ、好きなものを諦めずに済んでいるし、早晩これからはやめる事もないだろう。 その上で宮永や藤といった、千石からすれば面倒くさい連中の相手までしてくれている。

結果的に千石が音楽をやれるような環境に向かっていっている。 バンドが終わらないような方向に向かっていっている。 だからこそ、千石はまた音楽を作り始めたし、トラックごと消せるようになった。 あの台詞を入れたのは消せないから作れないという状況を示したかったのだと思う。 作る事は何を消すかを選ぶ事でもあるのだろう。

キャラクターデザインとコンポーザー

10話は千石が主の話だったとは思うが、藤が音楽に触れた始めたという意味でも大きな変化の回であったとも思う。 これまで藤は基本的に求められるまま弾いているだけだったのに、キーボードなら高音が出せるという提案をしていたし、テンポについても言及していた。 音楽を作る側に変わりつつあると言えそうだ。

みゅーたいぷというバンドにおいて藤はキーボードを除けばイラストやキャラデザが主な役割だった。 本職が漫画家なので妥当な分担だろうが、それはあくまで本職の延長だ。 どういう音楽がいいかについてバンド内で話せるようになったというのは大きな変化だろう。

これは千石にとっても大きい。 何故なら私は解散原因の一端が千石が先走りすぎた事にあると考えているからだ。 実際、件の作詞者は元メンバーであり、音楽から離れていない。 それでも解散したのは一緒に音楽を作れなくなってしまったからではないだろうか。 だからこそ尚更試し行動をしがちになったとは考えられないだろうか。 そこで峰月に手を引かれて来たとは言え、意見をし始めた藤の変化は大きい。

たのしかったあのバンド

こうした話をやった上で次に作詞者が出てくるという事はsupremacyを過去にする話をやるのではないだろうか。 先にも述べた通りゆめみたは好きなものを好きなままでいるアニメだ。 だからこそ、曲は好きだと言った。 しかし前のバンドは解散した。 もうないものを振り返るなら「たのしかった」になるのだろう。